年上の部下への対応

 以前、こちらのコラムで、職場のモチベーション向上策として、ハーズバーグの動機づけ=衛生理論を紹介しました。この理論を活用して大きな成果をあげた、あるロードサイド店舗を紹介します。

 その企業の本社は都内にあり、東京・千葉・神奈川・埼玉など当時首都圏に40ものガソリンスタンドを運営していました。各店舗とも正規雇用として、店長・店長代理・主任・一般社員、非正規雇用として学生や主婦、フリーターといったアルバイトが勤務していました。

 ある日、その40店舗の中のある店舗で店長職を勤めていたA氏を一般社員として別の店舗へ異動させる、という降格人事が発令されました。
 A氏は、かなりのベテランでしたが、当時、業績をあげることができず、自身の管理体制の甘さから、職場での不正もあったことが、この人事のきっかけでした。

 通常、降格は1ランクダウンが一般的ですが、店長から一般社員へと3ランクダウンさせることは、懲罰的というよりも、解雇通告の性格を帯びた人事異動でした。しかし、A氏は意地もあったのでしょうか、会社を辞めず、その人事を受け入れ、新たな職場へ赴任することとなりました。

 新たな職場は、社内を代表する大型店舗であり、セルフサービスでガソリンを提供していましたが、タイヤ販売が得意で、ガソリンで収益が上がらない分、タイヤで大きな収益をあげていました。
 その店舗を率いるB店長は、この人事異動を知った際、赴任してくるA氏より年下であったこともあり、やりにくさを覚悟したといいます。

 A氏が一般社員として赴任したその日。一通り店舗設備の取扱方法の説明や、働くスタッフの紹介を終えたB店長は、A氏と事務室に入り、金庫や書類関係の扱い方などを説明していました。

 そんな中、唐突にA氏がB店長に言いました。
 「店長、私、タイヤを売るのが大嫌いなんですよ」

 B店長が率いる店舗がタイヤで収益を上げていることは、店舗は違っても同じ会社に所属していたわけですから、A氏も知っているはずです。それを踏まえた上での発言です。
 
 B店長より年上のベテランとはいえ、A氏の立場は一般社員です。タイヤ販売で大きな収益をあげているB店長に対し、赴任当日に投げかける台詞としては、デリカシーに欠けているといってもよいでしょう。

 そこで、B店長が、そのようなA氏の挑発にまんまと乗ってしまい、「Aさん!あなた少し立場をわきまえたらどうなんですか?あなたは今、一般社員なんですよ?うちの店舗がタイヤで収益をあげていることはあなたも知っているはずです。降格人事が悔しいからといって、私に八つ当たりしないでください。店舗の方針に従って、一般社員としてタイヤを売って下さい。これは業務命令です」と、返していたらどうでしょう。
 A氏は机を蹴って、「年下のおまえに言われたくないな、辞めてやるよ!」となったかもしれませんし、もともとそうするつもりだったのかもしれません。

 B店長は、A氏の挑発には乗りませんでした。そして、「Aさんは何故そういうことを言うのか」と考えたと言います。そこで思い出したのが、冒頭で示したハーズバーグの動機づけ=衛生理論です。

 この理論では、人は、職務に不満足感を得た(衛生要因が満たされなかった)場合にモチベーションがマイナスになり、具体的な衛生要因は、会社の方針、上司の監督、給与、人間関係、労働条件、などとされています。

 A氏は、衛生要因が満たされていない状態だということにB店長は気付きました。A氏は、承服できない方針で降格させられ、それまでの店長の給与から一般社員の給与に下げられました。新たな職場で、自分の息子のような世代のアルバイトさんと良好な人間関係を構築できるかどうかわからず、店長ではなく一般社員として現場の最前線で汗をかかなければならない。
 そのような状況で、モチベーションが下がってしまったことが、この発言に繋がったとB店長は判断しました。そして、店長職の権限では、衛生要因の充足が難しいと考えたB店長は、A氏の動機付け要因を充足させてモチベーションを上げようとしました。

 動機付け要因は、承認、責任、達成感、仕事そのもの、昇進、などとされています。そこでB店長は「店長、私、タイヤを売るのが大嫌いなんですよ」と吐き捨てたA氏に対して、以下の発言により承認をしました。

 「誰しも、好きなこと・嫌いなこと、得意なこと・不得意なことがあって当然だと思います。Aさんはタイヤを売るのが嫌いだということですが、何を売るのが好きですか?販売が得意な商品は何ですか?」

 その後のやり取りは以下の通りです。

 A氏「うーーん、そうですね、車検の販売が得意かな」
 B店長「わかりました。では、今後タイヤは一切販売しないで結構です。車検が得意だということであれば、タイヤではなく、車検を徹底的に販売してください」
 A氏「店長、私は降格されたとはいえ、まだ正社員なんですよ?正社員である私が、店舗方針であるタイヤ販売をしなくていいんですか?アルバイトの方々に示しがつかないでしょう?」

 A氏は承服しがたい降格人事を受けて、B店長を困らせてやろうと絡んでいるのです。しかし、A氏の挑発に乗らないB店長は以下の趣旨の発言をしました。

 「Aさん。Aさんは、タイヤ販売が嫌いだと言いました。なので、タイヤ販売はしなくていいので得意な車検販売に注力してくださいと言うと、それではアルバイトに示しがつかないと言う。」
 「店長から一般社員へ3ランクダウンの人事を言い渡されたら心中穏やかではいられないことは理解できます。ただ、接客に携わる者として、心中穏やかでない状況でお客様と接することは、お客様を満足させることは難しいでしょうし、その結果、Aさんが業績をあげることも難しいと思います。それによりAさんの評価はますます下がることが考えられます。」
 「Aさん、一通り店舗の案内も済ませましたし、今日はこれで帰宅していただいて結構です。自宅でゆっくり心と体を休めてください。そして、明日出社するまでに、何を集中して販売するのか、それだけを決めてきてもらっていいですか?」

 B店長の発言を受け、A氏は帰宅の途につきました。

 翌日、B店長が出社すると、すでにA氏は店内のガソリンを給油するフィールドにいました。顧客がセルフサービスで給油を開始すると、傍に駆け寄り、「タイヤの空気圧点検を無料で実施していますが、いかがでしょうか」と声を掛けていました。

 顧客としては、エンジンルームの点検に応じると、あれが足りない、これが劣化している、等々売込みがあることは知っているので、応じる方は多くありません。これに対してタイヤの空気圧点検は、タイヤの異常や摩耗がない限り、売込みができないことも分かっています。よって、タイヤの空気圧点検をして欲しいと思っているのですが、それをスタッフに依頼することにためらいを感じる顧客も多いものです。

 A氏のタイヤ空気圧点検の声掛けは延々と続きます。多くの顧客がその点検に応じるわけですが、それを継続していくと、いずれ摩耗したタイヤと出会うことになります。そして、摩耗したタイヤを発見したA氏は、摩耗タイヤの危険性を懇切丁寧に説明し、販売につなげました。

 B店長はA氏に聞きました。「昨日、何を集中して販売するか決めてきてくださいと言いましたが、Aさんは車検ではなくタイヤを販売することにしたのですか?」

 それを肯定したA氏に「ご存知の通り、当店のタイヤ販売は目標が大きいです。Aさん、タイヤを集中して販売する、ということであれば、責任を持ってタイヤ販売の目標を達成してもらってもいいですか」と動機づけ要因の一つである「責任」を与えました。

 その後、A氏はタイヤの空気圧点検を継続しますが、B店長はA氏に動機づけ要因の一つである「承認」を行い続けます。
 「Aさん、今日の午前中は32台のお客様に空気圧点検の声掛けをしましたね」
 「Aさん、今日一日で3名のお客様にありがとうって言われていましたね」

 「よくやっているね」「頑張りましたね」などという賞賛の言葉は、仕事ぶりを見ていなくても投げかけることができます。これに対して具体的な数値を盛り込み、事実を伝えていくことにより、解釈の余地がなくなり、モチベーションが上がります。

 人は、相手に褒められると嬉しいものですが、その褒め言葉は、報酬という性格を持ちます。そして、その得られた報酬が自信に結び付くと解釈した場合は、モチベーションが上がります。反面、「上司が自分のことを褒めて上手く使おうとしている」など、コントロールのツールと解釈した場合は、モチベーションが低下します。
 解釈の余地をなくすには、「頑張りましたね」「よくやりましたね」という称賛よりも、数値を盛り込むなど事実を述べることが重要なのです。

 B店長の働きかけにより、A氏は2ヶ月後にタイヤの月間販売目標を達成しました。すかさずB店長が「Aさん、タイヤの販売目標、達成しましたね」と声を掛けます。
 タイヤ販売の責任を与えられ、声掛けなどの活動を承認され、達成感を味わい、A氏の動機付け要因は徐々に充足していきました。

 B店長はさらにA氏の動機付け要因を充足させようと「仕事そのもの」に着目しました。ある日、B店長はA氏に相談しました。「Aさんのタイヤ販売のノウハウやスキルをうちのアルバイトさんに教えたとして、飲み込みが早く、効果の出せるアルバイトさんを2名挙げてください」
 アルバイトさん2名の名前を挙げたA氏に対して、B店長は言います。
 「では、この2名のアルバイトさんは、Aさんの勤務日・勤務時間にできるだけ重なるようにシフトを組みますので、タイヤ販売について指導してください。よろしくお願いします」

 この時、A氏は嬉しそうな顔をしたといいます。長年、店長として部下の指導をしてきたA氏は、立場が一般社員となり、「指導する」という業務は少なくなっていました。しかし、自身の指導力を再度発揮できることがさらなるモチベーション向上に繋がりました。

 その後、A氏の指導を受けたアルバイトさん2名も、タイヤの販売実績向上に大きく寄与することとなりました。このようにして、B店長の動機付け=衛生理論に基づくA氏への働きかけが、A氏のモチベーションを向上させ、業績を大きく伸張させることとなりました。

 それから2年後。A氏やアルバイトさんの活躍により順調にタイヤ販売の業績をあげていたB店長は、人事異動によりその店舗を離れることになりました。

 A氏と別れて半年経ったある日のこと、A氏からB店長の携帯に着信がありました。電話に出たB店長にA氏が言います。

 「B店長、お久しぶりです。実は今、人事異動の内示が出たんです。私、Aは来月1日付けで店長にカムバックすることになりました」

 動機づけ要因の「昇進」が叶った瞬間です。聞くと、B店長の下で働いていたころは、本社はB店長がA氏を上手くコントロールしている、という見方だったそうです。しかし、B店長がいなくなってもA氏は、モチベーションを高く保ち、業績を出し続け、「本社からB店長がいなくてもA氏は立派に業績を作っていける人になった」と言わしめました。

 このようにして、A氏の復活が叶いました。今回の事例のポイントは、B店長が、A氏の挑発に乗らず、まず、承認をしたこと。そして、日々のA氏の行動をしっかり興味を持って見ていき、承認をし続けたこと、です。この承認に関しては、以下のコラムが参考になるはずです。
 https://www.roadsidekeiei.com/approval-management/
 https://www.roadsidekeiei.com/admit-praise-difference/
 年上の部下の対応に悩む経営者や店長は、今回ご紹介した事例を参考に、動機づけ要因に働きかけてみてはいかがでしょうか。

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